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環境心理学で考える

環境心理学で考える 第23回

2012年1月20日

自然監視とテリトリアリティ

日本大学文理学部教授 羽生 和紀

 環境デザインによる防犯にはいくつかの源流がある。その中でもとくに重要なものはジェーン・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」におけるアイディア、オスカー・ニューマンの「守りやすい空間」のコンセプト、そしてレイ・ジェフリーのCPTED(Crime Prevention Through Environmental Design)の主張である。これらのアイディアの間には、思想的な背景や職業的な立場を反映する理論的な意味での違いが存在するのだが、中心的な防犯のための方法にはかなりの共通性がある。

 そうした共通する防犯のための方法の一つが自然監視である。それぞれの理論家は違う用語を用いているが、守るべき空間に対して、職業的な監視ではなく、住民、労働者、利用者、通行人という一般の生活者の目が行き届いていることを重視しているという点では共通している。こうした、生活者の自然な目を生み出すためには、いくつかのアプローチがあり、たとえばジェイコブスは、住居と商店を混在させることで、街での活動を活性化し、同時に商店で働いている人の路上への目が行き届くことを重視している。

 また、下の写真は地上階の部屋から部屋正面の道路に直接出られる様な設計にすることで、集合住宅の周りの防犯性が高まっている例である。このようにデザイン上の工夫で自然監視性を高めるアプローチも存在する。

hanyu23.jpg しかし、いずれの場合においても自然監視が効果的に防犯に結びつくためにはもう一つ必要な条件がある。それが、テリトリアリティである。

 テリトリアリティとは、領域性と訳されることがあるが、ここでは監視者が監視している場所に対して、自分の領域、つまりテリトリーであると感じているということである。この際、法的な意味で所有している必要はなく、何らかの意味で自分自身に所属していると感じていれば十分である。こうした自分のテリトリーに対しては、監視者はある種の管理責任を感じる。さらに、監視者は権利意識を持ち、潜在的な犯罪者は負い目を感じる。こうしたことから、テリトリアリティが機能している場所では、自然監視力が大きな防犯性を発揮することができる。ここでも重要なことは、環境デザインが直接、犯罪を抑止しているということだけではなく、デザインに影響された心理メカニズムを介して、防犯の効果が生まれているということである。

 近年の環境デザインによる防犯では、この心理的メカニズムが特に重視され、デザインそのものよりも、拡大されたテリトリアリティとしてのコミュニティの結束こそが近隣の防犯性を高める最大のカギであるという主張もなされている。ところで、コミュニティは最近の社会学、あるいは広く社会科学において活発に議論されている社会的格差と社会的排除の拡大とソーシャル・キャピタルの減少に対する対策としても注目されている。しかし、コミュニティが弱体化する原因は社会・経済状況の変化、生活者の価値観やライフスタイルの変化などの複合的なものであり、そのため直接市民生活に介入して、コミュニティを強化することは難しく、また介入そのものに対する反発も考えられる。しかし、第16回(街には他人がいないほうがいいのか?いたほうがいいのか?:ゲーテッドコミュニティとニューアーバニズム)で紹介した、ニューアーバニズムはコミュニティの再生を謳っているのだが、こうした環境デザインによるコミュニティ対策は生活自体への介入ではないために、反発も少なく、受け入れられる可能性が高いと思われる。

 またこうしたことから言えるもう一つのことは、環境デザインによる防犯を含め、環境心理学の隣接領域は、いまや建築や都市計画といった物理的側面を重視した諸領域だけではなく、社会学や経済学などを含めた広く社会科学全般に広がっており、逆に言えばそうした社会全般の諸要素を考慮に入れていくことが、これからの環境心理学のためには絶対に必要である。

注:ソーシャル・キャピタルとは社会関係資本と訳されるが、信頼関係をともなう社会的ネットワークやコミュニティのことと理解しておいて間違いはない。ソーシャル・キャピタルの存在は、自助と国家福祉の中間的レベルの存在として、生活者の生活に貢献する、支える力となるとされる。

引用文献
ジェイン・ジェイコブス 山形浩生訳 (2010) アメリカ大都市の死と生 鹿島出版会

 


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