環境心理学で考える
環境心理学で考える 第21回
2011年11月18日
犯罪への意識とバイアス
日本大学文理学部教授 羽生 和紀
第15回(安心と安全:青色防犯灯)でも書いたが、現在体感治安が悪化しており、犯罪に対する意識も高い。しかし、心理学的にみると人々の犯罪に対する意識にはいろいろなバイアス(偏向、錯覚、誤りなどのこと)が働いている。
たとえば犯罪不安に関していうと、人々に犯罪に遭うことがどのくらい怖いかという、犯罪に対する感情的な恐怖心を尋ねる場合を考えてみよう。この際、家族が犯罪に遭うことがどのくらい怖いかも同時に尋ねると、興味深いことに、家族が犯罪に遭うことのほうがより怖いという結果が示される。父親が娘や幼い子供に対してこうした恐怖を感じることは当然のことであろう。しかし、母親が父親や青年の息子に対しても、あるいは、若い女性が父や兄に対しても同じように、強い恐怖を感じている。これはどうしてなのだろうか?また地域のスケール別に体感治安を評価させた場合には、自分の近所の治安よりも、自分の住む街や県の治安は悪く、さらに日本全体の治安は悪いと評価される。これは、第14回で書いた環境を評価させた場合と似ている。
こうした現象の一つの解釈は、人には「楽観性バイアス」という心的な機能があり、自分に関することは楽観的にとらえる傾向があるからということかもしれない。しかし、この「楽観」という言葉を文字どおり、気楽に考えると理解していいとは限らない。もしかすると、自分に関して深刻にとらえることはつらいことなので、あえて不安を軽減するために恐怖を過少に評価している(せざるを得ない)のかもしれないのである(専門的には認知的不協和を解消しているといえる。 あるいはストレスコーピングの一種かもしれない)。また、別の解釈としては、実際に自分の身の回りでは犯罪が起こるという経験はまれであるために、将来も犯罪が起こると考える必要を感じないのに対して、家族の行動は実際には経験できないために、実感を伴わない不確実な予測を行うことにともなう恐怖の過大推定なのかもしれない。
また、犯罪発生場所と犯罪不安を感じる場所にも乖離がある。たとえば、調査を行うと駅において利用者が不安を感じる場所は、ホームの端やひとけのない階段裏や踊り場などであることがわかる。しかし、実際に犯罪が発生しているのは、改札付近や商業施設付近など人が多く集まる場所であることがわかる。犯罪は犯罪者と被害者が出会う場所で起こるので、実際には人がいない場所で犯罪が起こる可能性は低いということは理解できることであろう。しかし、利用者は人がいない場所に対して不安が高いのである。
こうした様々な犯罪に対する意識の中のバイアスを間違いであると言ってしまうことは簡単である。しかし、人間というのは主観的な環境の中で生きているのであり、現実に発生している問題に対処するのと同じくらい、主観的な世界で起きている諸問題を解決することは大切なことであろう。
駅の中で不安を感じるのは左の写真のようなさびしい場所だが、実際の犯罪は右の写真の改札のような場所で多発している。犯罪不安が高い場所と犯罪多発場所は一致しないことがある。











