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環境心理学で考える

環境心理学で考える 第20回

2011年10月21日

実験・観察・妥当性・証明

日本大学文理学部教授 羽生 和紀

 前回(判断について(3):階段とスロープ)で、人は同じ高さを昇る(あるいは降りる)場合に、階段を避け、スロープを選択すると書いた。このようなエッセイであれば、そうした事例を見かけたということから、何かを感じてほしいという趣旨で、このような書き方は許されるのだろうと思っている。

 

 しかし、もし研究であればどうであろうか?研究として考えた場合には、こうした事例が一つあったということから、一般的な結論を導き出すことは許されない。あくまでも、一つの例あるいは単なる逸話であり、確実な知見とは見なされない。むしろ、こうした事例は、今後検討すべき仮説、あるいは検討対象としての候補(リサーチクエスションの一部)としてとらえるべきであろう。

 

 一般に、心理学的な研究ではこうした仮説やリサーチクエスチョンを検討するためには、実験が行われる。実験といっても、もちろんフラスコやビーカーを使うということではなく、諸条件が同一に統制された実験室の中で、検討すべき要素を変化させた(あるいは何かの介入を行った)実験群と変化をさせない統制群をもうけ、その群間の違いから検討すべき要素の効果を因果関係としてとらえるということである。この際のポイントは、条件の統制と因果関係という点にある。しかし、環境心理学の研究(あるいは行動観察)の場合には、この2つとも実現が難しいことが多い。なぜならば、実験室場面と違い、現実場面では諸条件の実験的な統制や現実の場面に対して実験群と統制群を設けることは、技術・経済的にも倫理的にも難しいことがあるからである。

 

 この際の困難さにもいろいろな段階があり、諸条件の統制には限界があるが実験的操作(介入)は行うフィールド実験、諸条件の統制や群間の均一性は犠牲にするものの、同じ研究対象者に順番に実験条件と統制条件の状態を作り出す疑似実験などという研究法もある。

 

 しかし、もっとも困難度が高い場合には、こうした研究法も採れないこともあり、極端な場合には観察的な研究しか行えないということもあるだろう。それではそうした場合には、成果は確実な知見とにはならないのだろうか。研究において確実な知見、一般的な結果は外的妥当性といわれるが、外的妥当性を観察的な方法から示すことはできないのだろうか。

 

 もちろんそんなことはない。さまざまな場面で観察を行い、同じ知見を積み重ねていくことにより外的妥当性は確保できるのだ。結論はごく当たり前だが、つまりは実験と観察(調査)に科学的な研究法としての優劣はないということである。むしろこうした現実場面での積み重ねは、実際にその現象が起こる文脈に即した結果を示しているという確実性である、生態学的妥当性は高いことにもなる。

 

hanyu20.jpg  スロープと階段の話にもどる。上の写真を見てほしい。今度は別の場所でも階段ではなくスロープを選択している場面に出くわした。この場合には、階段とスロープは同じ場所から並行して始まっているので、前回の例に対する一つの別の可能性である「人はとりあえずスロープがあると、その先に階段があるかどうかにかかわらず利用したくなる」という解釈を否定している事例である。こうして、少しずつ知見を積み重ねることで、仮説の外的妥当性は高まっていくことになる。

 

 しかし、最後にもうひとつ大切なことは、こうした仮説はいつまでも、数学的な意味でつかわれるような「証明」はされないということである。この先、一つでも否定的な例が出てくれば証明は破たんすることになってしまう(実際そんな例もいくらでもあるだろう)。

 

 心理学は証明をしない(できない。よく考えれば、数学や論理学以外、つまり科学は厳密には「証明」ができないということでもある)。できることは、反証可能性(つまりはいつでも間違っていることが示される余地)を残したまま、実証的な証拠を積み重ね、仮説の外的妥当性を高めると同時に、仮説が成立する条件を限定していくということだけである。


エルネット

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