環境心理学で考える
環境心理学で考える 第12回
2011年1月28日
ツールとしての心理学
日本大学文理学部教授 羽生 和紀
工学・技術系の研究者・技術者がヒューマンファクターの問題に直面した時に、心理学に関して考えることにはいくつかパターンがあるようである。一つ目は、心理学の知見を利用しようというものである。本を読んだり、心理学者に相談しにくるパターンだ。このパターンは心理学者としてはありがたいのだが、心理学の側には既存の答えがなく申し訳ないことに終わることも多い。これまでの心理学では、現実の人間の生活における重要性を考慮して研究の課題が選択されるというよりも、研究(あるいは論文)になりやすい研究を行うという傾向がかなりあり(あるいは「心理学の世界での重要性が高い研究を行う」と言い換えてもほぼ同じ意味になるだろう)、生活上重要な問題が研究されているとは限らないのである。これは改めなければいけないことであり、心理学はもっと現実の問題を解決していくという視点を重視しなければいけない。実際、近年の心理学にはそういう意識の高まりはある。
工学・技術系の研究者・技術者がヒューマンファクターの問題に直面した時の別のパターンは、心理学の研究方法や理論・モデルをツールとして使用することである。たとえば、ある種の心理学的測定方法を用いることや、一つの心理学的理論を他の領域の研究の中に埋め込むようなことである。こうした、ツールとしての心理学の利用がうまく行われているケースももちろんある。しかし、時として目にするのは、心理学的方法の誤った使用法や間違った対象への適用である。心理学の研究というのは、実際に行っていることは、特に工学系の人から見れば、実に素朴で原始的に見えるのであろうから、簡単にまねできると考えられてしまうのかもしれないが、その簡単な方法を選択し、適切に実施するにはそれなりの知識と経験が必要なのである。これは、ロバスト(頑健)で確立された方法ではないということで、むしろ心理学の研究法の弱点なのかもしれないが、心理学の研究法というのを行うには、それなりの知識と経験が必要なことも事実なのである。また、理論やモデルを利用する場合では、その理論やモデルを事実に近いような強力な妥当性と説明力を持つものとして扱うケースが目に付く。これも、むしろ心理学の弱点なのだろうが、心理学の理論やモデルというのは、かなり限定された文脈でのみ機能し、また、その機能も部分的・確率的であるものが多い(全部ではないといいのだが)。したがって、何かの事実や真実を語るような強い説明理論として、他の領域の論考に埋め込んで議論を進めることは、心理学者から見るとかなり無理があるように見えることが多い。つまり、心理学の理論やモデルも、かなり文脈や前提、範囲などを考慮した上で、用いなければいけない繊細な(脆弱な?)ツールなのである。したがって、心理学をツールとして使用する際には、ぜひ心理学本体という付属のマニュアルをよく読んでから使用してほしい。
工学・技術系の研究者・技術者がヒューマンファクターの問題に直面した時のさらに別なパターンとして、心理学、あるいは人文社会科学全般のアプローチを非効率・婉曲的なものとみなし、工学・技術系の研究者・技術者が本腰をいれて自然科学的・工学的アプローチを用いれば、ヒューマンファクターなどあっという間に解決すると考えるパターンがある。さすがにこれを明言している場面に出会うことは少ないが(出会ってしまったこともあるが)、実は少なからぬ工学・技術系の研究者・技術者の本音なのかもしれない。しかし、心理学者というのも1世紀以上怠けていたわけではなく、膨大な知的活動の集積が、複雑で観測しにくい人間の心と行動という対象を研究するための方法として現在の心理学の研究法を形成してきたのである。だから、こうした考えに対しては「お手並み拝見」と言うしかない。











